海を感じなさい。
五感を震わせて海を感じなさい。
その目で波頭を見て、その鼻で潮の匂いをかぎ、肌で東北の冷たさを感じなさい。
自然を体感しなさい。
科学の進歩の意味を、海や自然が教えてくれるだろう。
新聞やテレビで分かった気になってはいけない。
今からでも遅くない。
震災から1年たった東北を訪ねなさい。
今は静かな海、人の絶えた街、うずたかく積もったがれき、動物の死骸。
すべてみてきなさい。
君が大人になった時、後の世代から必ず問われるだろう。
「あのころ、どうしていたの」と。
関係なく生きていたよと、君は答えるだろうか。
2012年3月の東北の海で感じたこと、考えたことを自身の生き方に反映させなさい。
次の世代へ、次の次の世代へと語り継いでいきなさい。
これは君たちの義務なのだ。
人に会いなさい。
会って話を聞きなさい。
いろんなひとがいろんな考えをもっていることを知りなさい。
それが社会を幸せにすることだと知りなさい。
究極の人間らしさとは何か。
他人へのやさしさだと、私は考えている。
やさしさの語源は「痩せる」である。
他人のために自分の身を細らせるという意味を含んでいる。
いろんな人と会い、身が細るほど相手の身になって物事を考えられる。
他人と不幸を分かち合える。
そんな人間になりなさい。
戦後はみんなが貧しかった。
今、悲劇は一部に集中している。
だから分かち合うことが必要なのだ。
弱っている人にやさしくなりなさい。
それが人と会うことの意味なのだ。
理想を掲げなさい。
老人には描けない、何十年先の理想を掲げなさい。
理想を実現するために何をすべきか考えなさい。
敗戦から1年後。
日本国憲法が発布された。
日本が掲げたのは、戦争放棄という新しい理想だった。
戦争から帰って来た、あるいは戦争へ行くはずだった若者たちが、その理想に夢を託した。
戦後日本の繁栄は、彼らがつくったのだ。
震災から1年が過ぎようとしている。
今、君が夢を託せる理想はあるか。
震災後の日本をつくる理想は描けたか。
私たち老人も考えよう。
君たちも考えなさい。
自身に問いかけなさい。
今、海を感じなさい。
人と会いなさい。
新しい理想が、理想の社会が、きっと見えるはずだ。
描けるはずだ。
- 渡辺 憲司 (立教新座中学・高校校長) -
2012年3月6日朝日新聞耕論より引用
But Beautiful ~ Bill Evans Trio ~ (今朝のたろうさんセレクト)